更新日:2015/8/17
「クレイジー・フォー・ユー」「プロデューサーズ」など日本でも上演された大ヒットミュージカルを手掛け、今までトニー賞を5つも受賞している演出家・振付家のスーザン・ストローマン。
ハロルド・プリンスが、ブロードウェイで60年以上ものキャリアを築いてきたプリンス(皇太子)なら、ストローマンこそ、ブロードウェイのクイーンという称号がふさわしい。
昨年は、ブロードウェイでミュージカル「ブロードウェイと銃弾」が上演され、最新作のミュージカル「リトル・ダンサー」も近々ブロードウェイ入りの予定だ。
ブロードウェイで活躍する数少ない女性演出家・振付家の中で、彼女だけは、コンスタントに作品を発表し、第一線を走り続けている。
今回、「プリンス・オブ・ブロードウェイ」(以下POB)では、プリンスと共同演出し、振付を手掛ける。
6月に制作発表のために来日したストローマンに話を聞いた。
プリンスとは長年、一緒に仕事をしてきたストローマン。二人とも演出家としてのスタイルは違うのだろうか。
「ハル(プリンス)と私の演出の仕方は、相違点より類似点のほうが多いの。
二人ともリサーチを入念にするところから始まる。そして、二人とも俳優が大好きなので、俳優たちと一緒に話し合いながら演出をする。彼らが持ち込んできたものから、私たちもインスピレーションを得て演出に生かすので、俳優たちとのコラボレーションスタイルといえるわね」。
「POB」では、プリンスが演出・プロデュースしてきた「オペラ座の怪人」「エビータ」「スウィーニー・トッド」など約20のミュージカルの名場面がちりばめられる。
「ハルはダンスを踊れないから、振付は私だけが担当よ(笑)。
今のところ、ハルがバラードの作品、私はアップテンポの作品を演出しましょうと決めているのだけれど、どのシーンでも隣にいて、お互い話し合いながら演出していくと思う」
さらに、その名場面に、プリンスのモノローグ(独り語り)を入れて、彼の人生や世界観を描き出していく。
「イチ(市村正親)がプリンスの声を担当し、そのプリンス自身の言葉を、歌やダンスナンバーの間に所々交えていく演出になる。
例えば『キャバレー』では、ハルが実際ドイツのキャバレーで、ジョエル・グレイが演じたキャラクターのMCに似た人物に出会ったことから、アイデアがわいて作品に結び付いたというエピソードが聞けるわよ。
また、スティーヴン・ソンドハイムが電話をかけてきて、『あるミュージカルがうまくいってないんだ。手を貸してくれない?』と言うから、ハルが『何という作品だい?』と尋ねると、ソンドハイムが『ウエスト・サイド・ストーリー』と答えるシーンもあるのよ。
私自身もハルから聞いた面白いエピソードが満載なの」
名作が生まれる様々な背景や、プリンスの人生、人柄が明かされていくのだ。
ストローマンにとってプリンスの魅力はどこにあるのだろう。
「ハルは本当に賢くて、よく話す人。先日もニューヨークから日本まで15時間のフライトの間、ずっとしゃべりっぱなしだったの(笑)。
それだけ、驚異的なエネルギーにあふれているところが素晴らしいのよ。いろんな本を読み、世界中を旅し、何にでも好奇心を持っている。
優しくて寛大で、何よりも、劇場を愛している人ね」
演出家としては、
「照明やセット、衣装のデザイナーたちとどうコラボレーションするかを学んだわね。すべての人のアイデアをきちんと聞くからこそ、初めて一つのビジョンが生まれるということを教えてくれた」
プリンスが作り出した個性的なキャラクターを演じるのは、現在ブロードウェイの「レ・ミゼラブル」でジャン・バルジャンを演じるラミン・カリムルーをはじめ、ストローマンと「オクラホマ!」で仕事をしてトニー賞助演男優賞を受賞したシュラー・ヘンズリー、現在ブロードウェイで「オペラ座の怪人」のクリスティーヌを演じるケイリ―・アン・ヴォ―ヒーズら、生え抜きのスターたち。
「今作で披露するナンバーをそれぞれ2曲ずつ歌ってもらい、オーディションで選んだの。それぞれのキャラクターをきちっと演じられるキャストを揃えたわ」
と、ストローマンも満足そうだ。
ちなみに、制作発表では、ヘンズリーは迫力あふれる、ヴォ―ヒーズは深みのある美声でミュージカルナンバーをそれぞれ熱唱し、集まった記者たちからは感嘆の声があがっていた。
さらに、唯一の日本人キャストとして、元宝塚歌劇団星組トップスターの柚希礼音が出演する。
宝塚退団後、初めての舞台作品として彼女が選んだのが「POB」だ。
柚希の歌や踊りを映像で見て「類まれなダンサーでパフォーマー」と絶賛するストローマン。
「初めて礼音に会って、芯と優雅さがある人だと感じたわ。それに強さも、美しさも備えている。舞台上で圧倒的な存在感を放ってくれるでしょうね。
礼音には『くたばれ!ヤンキース』でローラと、『蜘蛛女のキス』の蜘蛛女を演じてもらうわ。
また、『ブロードウェイベイビー』という曲は礼音のために振付するのよ。ブロードウェイに憧れている女性がニューヨークにきて、仕事を探すという物語」
ミュージカルファンとして、見逃せないのは振付だ。
「誰もが知っていて思い浮かべられるような、有名なダンスナンバーはやらないの。
例えば、『ウエスト・サイド・ストーリー』からは『トゥナイト』『Something’s Coming(何かが起こりそう)』など、あまり振付がされていないナンバーを選んでいるのよ。
オリジナルの振付にこだわるというよりは、ハルが作ったキャラクターをみせることに深く焦点をあてたい」
と意気込む。
バレエをベースにした優雅で蠱惑的、かつキュートなダンスがストローマンの持ち味だ。
「私の振付のインスピレーションはピアノ弾きだった私の父親や、フレッド・アステア、ジェローム・ロビンス、そして人々を観察することから生まれるの。
今作のキャラクターはハルが作ってきたものだから、キャラクターすべての中にハルそのものが宿っている。
彼を祝うという意味で、ハルの人生に対する賛美があふれ出て来る作品になると思うわ」
「POB」のキャラクターに花を添えるのは、ストローマンが長年一緒に仕事をし、最も信頼しているトニー賞を受賞した衣装デザイナー、ウィリアム・アイヴィ・ロングだ。
「昨年私が演出したメトロポリタンオペラの『メリー・ウィドウ』の衣装もウィリアムが手掛けてくれたの。
フレンチカンカンを踊るカンカンガールの衣装がどれだけゴージャスだったことか。
女性がどう美しくみえるかを知り尽くしている人よ。
それに、登場人物の役柄をよく理解してから服を作る。
今作は、約20作品もある中から、それぞれのキャラクターに合った衣装を作るわけだから、彼にとっては大変な仕事だと思う。
しかも、衣装の早替えがあるから洋服にその仕掛けもお願いしているの(笑)。
大変だけれど、彼もハルが大好きで尊敬しているから楽しんで仕事してくれているわね」
ストローマンも衣装には意見を述べるそうだが、
「今回は、礼音の衣装に対してのみリクエストしたわ。
日本の礼音のファンは宝塚の男役として彼女に親しみを覚えている。だから、あんまりフェミニンになりすぎないようにとお願いしているの。礼音ファンに、女性として受け入れやすい衣装にしてほしいとね」
「クレイジー・フォー・ユー」「コンタクト」に続き、「POB」はストーロマンにとって3作目の日本での仕事となる。
今年は渡辺謙がミュージカル「王様と私」の王様役でトニー賞にノミネートされ、日本の役者がブロードウェイでも通用することが注目された。
「日本の役者はスタート時点ではシャイだけど、その後は、段々加速していって、シャイさは消え、いろんな表現を見せてくれる。すごいと思うわ。私も引き出せるものは全部引き出すつもりよ(笑)。
それに比べて、ブロードウェイの役者は初日からドーンと出て来るわね。彼らの辞書にはシャイという言葉はないの」
と笑う。
日本人がブロードウェイで活躍するために、歌って踊れて演技がうまい以外に何が必要かを聞いてみた。
「恐れを知らないで、勇気を持つこと。リスクを冒してでも何かをつかんで、挑戦する姿勢ね。
礼音がこのショーに出ること自体も自分に対してチャレンジをしていることだと思う」
ストローマン自身もそうだ。いつも朗らかで、笑顔を絶やさないが、批評家にこき下ろされたり、チケットが売れなければ、すぐに作品が幕をおろすという厳しいブロードウェイビジネスの中で、20年以上も生き抜いてきた。
「私の演出家としてのモットーは、舞台の初日の翌日、必ず次の新作に向けてミーティングをすること。それは初日の翌日と決めている。
今上演しているショーは、オープニングを迎え、それがヒットするか失敗するかなんて誰にも分からないから。だからほかの作品に向けて早く気持ちを切り替えるの。
もし、次の作品がなかったら? いつもあるものなのよ!」
と、トップランナーならではの答えだ。
「過去は振り返らないで、いつも前を向くってことよね」
その姿勢は、プリンスをはじめ、ブロードウェイで生きる人々の紛れもない共通点なのだろう。
最後にブロードウェイとは、ストローマンにとってどういう存在か聞いてみた。
「Excellence (一番いいもの)。そして、人々に大きな喜びをもたらしてくれる。
『POB』では、世界最高のエンターテインメントであり感動するショーをお届けできると思う。ハロルド・プリンスという偉大な人の人生を、観客にぜひ知ってほしい」
はるばるブロードウェイに行かなくても、一流の演出家、振付家、俳優、スタッフが集まって作り上げたミュージカルが、ワールドプレミアで日本で見られるめったにないチャンスだ。
何度でも足を運んで、素晴らしい芸術が生まれる瞬間を目の当たりにしたい。
(取材・文=米満ゆうこ/ 撮影=花井智子)